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太刀山と漱石

今場所から決まり手が七十手から八十二手になった大相撲。初日にもうそれが出た。モンゴル出身の幕下旭天山が、魁松山に決めた「送り投げ」だ。モンゴル相撲でよくかけていたそうで、「必死にとっているうちに自然に出た技」という。

相撲が大好きだった夏目漱石は「相撲はアート(芸術)だ」と言った(出久根達郎著『漱石先生とスポーツ』)。
「相手がかうやつたら、よしかうしてやると、頭の中で考へてやる仕事ではない。瞬間に、まったく本能的に相手に押し掛けて行くのである・・・・・・」。
これでいくと旭天山の技はまさにアートだ。

漱石が、富山の生んだ名横綱太刀山をひいきにしていたのは有名な話。
<四十五日の鉄砲>(つまりひと月半=一突き半)と呼ばれた強烈な突っ張りや豪快な呼び戻しで知られた太刀山。力任せの相撲は芸術的というにはほど遠い。

そんな太刀山を漱石はなぜ好きだったのか。太刀山も漱石も胃が悪かった。「同病相哀れむで、太刀山に自分を重ね合わせていたのだろう」というのが出久根さんの説だ。

経ち井山というしこ名は、板垣退助が「立山」から命名したことはよく知られている。わが郷土からも雄々しい立山や太刀山に負けない力士よ、出でよ。
(2001年1月10日)

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